2026-02-14

異世界ものを読んでいたらシャンプーを現代から持ち込んで現地の人に大喜びしてもらうって話があった。そもそもシャンプーで髪を洗うって現代的な習慣だから、髪の毛サラサラになるとかならないとか、髪の毛に関する価値観ってどういう風に異世界内で設計しとくといいのかなって少し調べてみたりした。

まず中世(ざっくりした言葉)のキリスト教的な価値観から言うと、女性の髪の毛は隠すことで「敬虔さ」を示すものだったようだ。女性の修道服を想像してもらうと被り物している。ウィンプルと言うらしい。また、教会の人でなくとも、既婚の女性は髪を隠すことが一般的だった模様。件の異世界ものでは、貴族の既婚女性がシャンプーで髪を洗い、サラサラになった様子をパーティの参加者に誇示していた。もし現地の教会のシスターが髪を隠すデザインだったら、貴族の女性がしている行為ははしたないとされるかも。宗教のデザインをするとその時代の習慣をデザインすることになるのかもしれない。日本人には弱そうな発想だ。

それとシャンプーをすれば一発で汚れや油でギトギト、ゴワゴワになっているものがリセットされてサラサラ!にというのは難しいんじゃないのかな。それまでの扱いやダメージの蓄積があるだろうし、そもそもサラサラの髪が美しいものだという価値観からして怪しい。

洗ったは良いけど髪を乾かすのはどうしてたんだろ…後で調べる…。と、異世界もの読んでると、この仕組みって本当はどういう歴史的な経緯、発展があったんだろうって知りたくなる。テクノロジーの発展具合とか、それぞれの整合性とかね。異世界ものといえば、なんとなく皆が想像するドラゴンクエスト的中世ヨーロッパがベースになっている。そんな世界はきっと無い。架空の世界でファンタジーだ。だから本当のことなんて実はどうでもいい。その物語世界なりのルールがある。すべての文明が現実と同じ仕組みで発展するわけがない。でも現実の歴史的事実との比較も面白い。そこまで考えてお話を作っているのか、そんなこと無視してライトにお話を作っているのか。設定を緻密に組みたいのか、魅力的なキャラクターを作りたいのか。そういう著者のこだわりみたいなものだって見えてくる。

成瀬は信じた道をいく/成瀬は都を駆け抜ける

成瀬シリーズ一気に2冊読み。あっという間に読み終えてしまった。特に完結となる「成瀬は都を駆け抜ける」は読み進めるのがもったいなくなったくらいだ。美味しいものは食べてしまうと無くなる。誰も解決できない人類に立ちはだかる問題だ。面白い小説は読むと結末を迎える。

読んでいて思ったのだが、ブレーキの正常な常識人の視点になるとちょっと退屈になる。父親の成瀬慶彦。このシリーズに出てくる人々は、どっかブレーキが軽く壊れてて、戸惑いながらも成瀬あかりにいつの間にか巻き込まれていくのだが、父親だけがずっとマイペースにオドオドしている。常識的に考えればこっちの人間のほうが常識人なんだろうけど…。

「成瀬さんのまわりって受け入れ力がすごすぎない? さっき来たお友達もそうだったけど、僕が廊下で寝てることとか、普通もっと驚くでしょ?」

成瀬シリーズの面白さは成瀬の気持ちの良い決断と行動、そしていつの間にか巻き込まれて成瀬の一味になっていく過程にあるのだと思った。父親は娘に振り回されて、そしてうっすら成瀬あかりの思考に沿うことを拒否していたように思う。家族的な寄り添いはあるけどね。そういう常識的なやつじゃなくて。父親みたいな距離感だとダメなのかも。突然仕上がった成瀬あかりをぶつけられた他人の方がスイッチが切り替えやすいのかもしれない。

「そうそう、なんで観光大使になったの?」
「私以上の適任者はいないと思ったからだ」
「それはすごいね」
成瀬さんってこういう人なんだって、はっきりわかった。きっと誰からも否定されず、自分の思うままに生きてきたのだろう。人生におけるすべてのガチャで大当たりを引いていることに、本人は気づいているのだろうか。
「でも、観光大使って笑顔でやるものでしょ? 自分には向いてないって思わなかった?」
あまりにも恵まれている成瀬さんに、少し意地悪な質問をしてみた。成瀬さんは視線を斜め上に向けて考えてから、口をひらいた。
「向いているかどうかなんて、やってみないとわからないじゃないか」
完敗だった。私は「そうだね」と言って、きつねうどんの汁をすする。

全然状況が見えないけれど、この際全部飲み込んでみよう。俺は腰を下ろし、冷めてきたどて煮を一気にかきこんだ。

あっちこっち付箋したけど、この巻き込まれてみよう、乗っかってみようと思うブレーキの緩んだサブキャラたちが大好き。キラキラと光って見える方向へ理屈じゃなく踏み出せる人でありたい。

しかし(個人的)メインヒロインであるところの島崎はもうちょっと出てきて欲しかったな…。「成駆」の最後のお話に出てくるけど、待ってましたとばかりの滋賀の観光情報が濃密に描かれていて島崎と成瀬のお話が物足りない。島崎シリーズとして新作を頼む。時間を巻き戻して中学〜高校あたりのエピソードももっとくれ。

www.shinchosha.co.jp

2026-02-07

twilight.co.jp
参加してきた。確か25年10月にイベントが告知されて面白そうだと目をつけて、チケット発売直後に友達の分を含めて確保。3ヶ月以上先の予定なんてよくわからんけど、予定が分かるのを待ってたらチケットは無くなってしまうかもしれない。だから賭けみたいなもん。狙ってた友達と行けなかったら他の人みつけよ…。で、1月になって聞いてみたら夕方からなら良いよ!ってことで友人のスケジュールは確保した。その時点で夕方の時間のチケットなら取れてラッキー。でも賭けで取ったチケットは昼なのよね…。

と言うわけでもったいないので1日に2回参加することに。昼回に他の友人を誘っても良かったんだけど、その後感想戦もせずに解散するのが嫌だったのでとりあえず1人で下見がてら参加することにした。何度も参加できるってイベントからもアナウンスがある。回収しきれないほど多くの謎や物語が仕掛けられているに違いない。

そして昼の回に参加。虎ノ門ヒルズの中を清掃しながら様々な清掃を行う。脱出ゲームのような複雑な仕組みや難しい謎解きはなかったけれど、様々な人の物語に巻き込まれる感じが面白かった。キャストの皆さんに感謝。即興劇に参加するような体験。どうせ知らない人ばかりだし、旅の恥はかき捨てということで積極的に発言して物語に参加しよう。

んで、夕方の回にも参加。なんと昼の回とキャストさんが全く同じ。そんなぁ…一日変わらずなの?一日中やってるのは流石に体力的に辛いでしょう。交代して挙げてくださいよ…と、自分だけに都合の良い文句が頭によぎる。コートを脱いで、メガネして、印象を変えて参加だ。印象変わってるか?昼回に積極的に参加したのがアダとなって、記憶に残っているかもしれない。キャストのみなさんは「あなた見たことあるわね」なんて無粋なことを言ってこなそうだが、謎解きに直接関わるような発言はしにくい。ズルだと思われたり、初参加の皆さんに邪魔になるような行動は避けたい。キャストさんと目を合わせづらい。そんなこんなで1回目ほど楽しめなかった。2回目行くなら、せめてキャストさんが変わるであろう別日が良い。

とはいえ、前述の通り複雑な仕組みや難しい謎解きは無く、キャストさんが解決の方向へ会話を導いてくれるので、やり残しがあるような構成にはなっていなかったと思う。キャストさんがまるっと変わって、新しいキャラクターとまたコミュニケーションができるのは面白いと思うけど、解決に向かうヒントは殆どわかってしまっている…。

Q 複数回参加しても楽しめますか?
A はい、複数回参加しても楽しむことが可能です。
ご参加のたびに、世界の広がりや別の視点をお楽しみいただけます。

イベントのページには複数回楽しめますと案内がある。もしかして違う仕掛けが用意されてたりするのかも???既プレイ参加者がいることを含んだ演出が用意されているのか?仕組みが分かっている参加者がネタバレ発言をカマした場合の対応も用意されているのかな?うーん、可能性はあるけれど、流石に3回目は無いのでこの疑問については迷宮入りです。


ちなみに夕方の回が終わって、お腹も空いたしご飯食べながらさぁ感想戦だ!って思ったら、おなかすいてないって言われてその日は解散になってしまった。なんだよ。お腹の具合なんてどうでもいいだろ。感想戦しないのかよ。もしかしておれと一緒にいるのいやなのか?きらいになりそう。帰って一人で飯食って寝た。

婚活マエストロ

読了。相変わらず読みやすく楽しいお話で一気に読んでしまった。婚活界隈の話とか仕組みとか、リアルにちょっと気になるところだ。出会いアプリとか婚活パーティとか、こんな感じなのかなって想像しながら読んだ。40歳独身の主人公の境遇にも何か重ね合わせてしまうところがある。しかし仕事も稼ぎも自信の無い40歳の男が、何を武器に婚活しろというのか。実際こんな40歳がいたら殆ど諦めてるような気がする。時折挟まる「あるある」なコタツ記事タイトルが、主人公の社会における役立たずっぷりを示しているようだった。検索のノイズよね…。物語はほっこりする結末だったが、正直なところ納得感は無い。お互いに寂しかったのかなぁ…弱気になると条件がどんどん緩和されていくからね…。

2026-01-30

年末に時間が出来たところで無闇にインターネットを覗いてしまい、かっこいいフルサイズのデジカメを見つけてしまった。すでに新品の生産は止まっているモデル。撮れる写真そのものよりも、まずそのカメラのデザインがかっこ良い。欲しい。でもおれにはGRIIIあるし要らない、大きいのは持ち歩くの面倒だからコンデジにしたんでしょ、とはいえメルカリで中古価格くらい調べておこう…で、だんだん自制心が溶けてきて結局買ったってわけ。リセールバリューあるカメラだから!使わなかったらまた売りに出せばいいし!めちゃくちゃクセがあるから扱い難しいってインターネットのカメラ好きが言ってるけどそれ以上に独特の絵が撮れるんだから!おれはそれを使いこなすんだから!

いいカメラ欲しいなって思ってたのは本当。去年立て続けにイラストレーターさんの個展があったのだが、そこで「イラストの写真を撮る」っていう行為がとても楽しく感じた。全体を真正面から捉えるんじゃなくて、この部分が好き!っていうところに寄って切り取る。平面の絵に対して角度をつけたり、奥の方はぼかしたり。ディスプレイの上では出来ない遊び。Photoshopで加工すれば似たような遊びはできるのかもしれないけど、カメラを使ってこれをやる。楽しい。

というわけでカメラを使いたくて展覧会情報を集めていたなかで、先日観に行ったのが森本啓太さんの個展。
kotaronukaga.com
これが大当たり。大変刺さった。
www.tokyoartbeat.com
記事の中では「都市の孤独感」「群衆の中にいても孤独な状態」と森本さんのコメントを紹介しているのだが、自分は「孤独の中でみつけた安心」を感じた。画面の外、社会は暗くて孤独に違いない。だけどもここには光があって人が集う。目線を合わせるわけでもなく、彼らに関係性があるのかわからないけども、様々な孤独や生きづらさを抱えた人たちが、安心感を求めた結果ここにいる。人工的な色味の自動販売機や看板の光に優しさを感じるし、いつでもそこにいてくれる頼もしさ、健気さも感じたりはしないか。

インスタレーションがまた良かった。これは良すぎた。色味がカッコ良すぎた。画集も買っちゃった。

2026-01-21

読了。中盤に島崎がいなくなってしまって、ものすごく寂しい気持ちになった。高校生になって違うキャラクター視点で成瀬が語られる。でも大貫も西浦も面白いやつだったな。でも島崎は成瀬と同じくらい強烈なキャラクターだ。成瀬の理不尽を受け止め、突っ込み、いなし、そして物語を引っ張る。成瀬以上に島崎が好きになってしまった。島崎かわいい。巻き込まれた側だったのに漫才が好きになって成瀬の予想を超えるところも可愛い。次巻以降も島崎の登場はあるだろうか。たのむ、頻繁に登場してくれ。

土曜日は塾の自習室で集中して勉強するようにしている。塾のあるときめき坂に向かって歩いている途中、馬場公園で成瀬と島崎が漫才をしているのが見えた。親子連れがちらほら足を止めて見ている。

大貫視点のときに高校に上がっても島崎と仲良くやってるんだって分かったときにとても幸せな気持ちになった。

島崎転校するのかよって思ったら成瀬だって動揺するよな。じゃあ私も東京に行くか、みたいなことを言わなかったのは、やはり滋賀で200歳まで生きるってことだけは揺るがない指針なのだろう。自分を貫くこと、他人を大切にすること。その間で揺れ動いた。それは初めての経験だったに違いない。成瀬も愛しい。

西武や平和堂西川貴教に対する滋賀県民特有の情熱は持ち合わせていない。

ちょいちょい出てくる滋賀ジョークみたいなのも面白い。滲み出る宮島先生の地元愛。滋賀に行きたくなってきた。ぽこピーも滋賀だし、たくろうの赤木さんも滋賀だし、俄に滋賀がアツい。

次の成瀬シリーズに行きたい気持ちを抑え、婚活マエストロを読んでいる。結局滋賀とかミシガンが出てきて笑った。