武器としての笑い

武器としての笑い (岩波新書)

武器としての笑い (岩波新書)

 年末年始に帰った実家で暇なので積み本の中から。
 本書は笑い、遊び、ユーモア、風刺といった観点から日本人を読み解く。簡単に目次だけ

  • 第一章 どこまで続く不毛の笑い
  • 第二章 ホモ・ルーデンス 文化のこころ
  • 第三章 笑う日本人

 個人的に面白かったのは第1章。「喜劇」という言葉の発生に注目。「喜劇」という言葉の発生は非常に最近のことらしい。著者の調べによると明治16年(1883)の文献に初めて見られるようで、言葉の発生はこの頃のことだろうと推測される。言葉が無いということは、その概念も同じように存在しなかったという事だ。言語学?でそういうこと言うよね。同時代のシェイクスピア近松門左衛門に注目して、一方のシェイクスピアが悲劇と同様に非常に多くの喜劇を残しているのに対し、近松門左衛門は義理と人情のお涙頂戴物ばかりで喜劇は書いていないらしい。

 この状況の一員として、江戸時代の政治を挙げている。湯島聖堂にも見られるように当時の為政者は儒教をベースに世の中を治めた。笑いは孔子にとって敵だった。孔子の伝記では喜劇役者を斬り殺す場面があるそうだ。笑いをタブーとする風潮、というものが長い江戸時代の中で日本人の根っこの部分に育まれたようだ。

 下町でないから寄席なんてものも近くにないし、また寄席へ通うなんてことは不道徳に属した。寄席どころか芝居小屋だって不道徳で、せいぜい上野の音楽学校の卒業期の音楽会、日曜学校のクリスマスのキリスト生誕劇を見るくらいが、山の手の子弟の娯楽であった。映画なんてみるのは不良少年のやることでタブー中のタブーであった。

 映画が不良少年のものだという話は面白い。最近どこかで最近の映画はその芸術性が理解してもらえない(キリリッって記事をみたぞ。
 引用の中でも言及しているけど、しかしこの風潮というのはいわゆる山の手文化らしい。階級が上のサムライではなく、町人たちの間では笑いの芸術というものは親しみの深いものだったようだ。刺青というのもそもそも「民衆の反抗の所産」らしい。と、すると完全に日本人の中に笑いのセンスが無いかというとそうではないだろう。下町には生き続けていたということか。
 しかし明治以降、九州地方のサムライを中心に改革が進められる。本書ではこの明治維新をユーモアの欠けた本場の「芋ザムライ」が推し進めた、としている。顔ぶれは変わっていも笑いをタブーとするサムライたちが作った時代が続いたなのである。

 さてさて現代に振り返ってみる。この本が書かれたのが1977年の事でそれから30年の時間が経過している。本を読みながら思ったのだけど、やっぱり価値観や笑いの状況というのは大分変化しているように思う。それを変えて行ったのはやはり人としての本能とも言うものか、笑いを欲する性質があるのか、徐々に状況は良くなっていると思う。質についてはともかく、テレビ・ラジオを見ればその状況は一目して分かる。笑い声のSEを入れてまで楽しく面白く演出するのは当然のこと、テロップを入れて「ここ面白い所!」と笑いをとにかく強調する。

 とはいえまだまだ日本人に笑いが染み付いてないなと思うのは、国際会議なんかで各国の偉い人のスピーチを比べるとよくわかる。彼らのスピーチはまずウィットに富んだジョークを一発入れて聴衆の心を掴む。それから真面目な話を始める。笑いで気持ちを開いて下地を作り、自分に優位な状況を作るのだ。しかし日本人のスピーチと言えば…。日本の国際化は笑いの研究が最も重要なテーマかもしれない!