この間の「プロフェッショナル仕事の流儀 宮崎駿編」で今更だけど


 先月の27日に放送されて話題になった宮崎駿編。「初めて密着した取材した」ということだけど、個人的には新しいものは無かったなぁというのが率直な感想。これまでも何度かテレビで宮崎駿を見る機会があったけれど、始終あんな感じ。基本的に不機嫌そうだし、出てくる言葉も半分精神論みたいな感じ。あの言葉はこれまでの経歴に支えられて初めて説得力を持つよね…。

 番組の中で印象に残ったのは怖いほどの息子批判の場面と

この一本で世界を変えようと思ってやんなきゃいけないんだから。変わりゃしないんだけど。
変わらないけどそう思ってやるのが映画を作るってことだからね。

という言葉かな。試写の途中で抜けるって…とんでもなく吾朗氏はビビっただろうなぁ。彼だけじゃなくても、試写室内に残された人間の心情の方もかなり興味がある。それから「世界を変えよう…」という言葉は、宮崎駿の芸術家としての面を強く感じる。「楽しませよう」なんてレベルじゃ無いんだよ。世界を変える、もはや革命レベル。革命家宮崎駿

 でも必ずしも革命が必要かと言うと、そうでは無いなと思ったりして。映画って確かに革命を起こす道具として使うことも出来るけど、それって観客の事は考慮に入っているんだろうか。革命によって観客が幸福になれれば良いけれど。ただ全ての映画監督が宮崎駿にインスパイアされて革命的な映画ばっかり作り始めて、頭カラッポにして笑ったり怖がったり出来る作品が無くなってしまうならそれは反対だな。少なくとも宮崎駿はそんな映画作らないでしょ。

最後にゲド戦記の試写を見る宮崎駿
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追記
 それから宮崎駿は「人を育てる」のが物凄ーく下手だというのが分かった。不機嫌を好む芸術家ってそう言う物なのかもしれないけどさ、「子育てに失敗した」と自ら漏らしていることや、「孤独」を重要視していることから、この人の後を継ぐ人はいないなと痛感した。

 同じアニメ監督でも押井守は企画者育成を目的に「押井塾」を創設して神山健治を教えた。そして神山健治はテレビ版攻殻機動隊でヒット。原作のクオリティに引っ張られているとしてもこれは成功したと言えるのでは。またその神山健治は先日の「にんげんドキュメント」で紹介されたように、作品の細かな点をスタッフと徹底討論するタイプ。これは作品のディテールアップだけでなくて、スタッフの教育という意味でもかなり効果的。宮崎駿が作品について打ち合わせしないハズは無いけれど、やはりこういう点を見ると宮崎駿の人を育てることの下手さを感じる。

 あ、でも注意しておきたいのだけれど、この点は監督としての優劣に関係無いよ。