努力の無い人間が、声高に努力を主張するのはイラつくものだ。

 昨日、電車の中でいつものようにFMを聞いていて思ったこと。その時間は「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」の著者、武田教授を招いて環境問題に関する話題を取り上げていた。昨今行われている環境問題に対する対策は、いかにエネルギーの無駄であるかという議論が活発だ。我々は現在、環境問題解決、地球温暖化現象解決の為*1という名分のもとにゴミの分別を行っている。しかし、誰もがその名分を受け入れて行っているかというとそういう訳では無く、面倒さを感じている人も少なくないのでは無いか(とはいえ、その辺に設置されているゴミ箱もきっちり分類別に用意されているので最近はそう面倒な事では無いのかも)。そういう面倒さを感じているところに、「リサイクルの無駄さ」を主張されれば信じたいものを信じる、我々にとってはこんなに受け入れやすい主張は無い。

 さてその主張の真偽はよく分からないが、閑話休題して「努力の無い人間が、声高に努力を主張するのはイラつく」ということ。番組のパーソナリティーもリサイクルの無駄さにかなり困惑しつつ、「では我々はどうしたらいいのか?」という疑問を武田教授にぶつける。そしてその答えは「我々の二酸化炭素排出量は欧米に比べれば優等生。まずは欧米の奴らの排出量を削減するよう求めよ」とのことだった。おかしくね?確かに言ってることは正確で、実現できれば最高に効率的なのかもしれないけれど、感情的にスムーズに行くわけが無いでしょうが。クラスの優等生が、点数の悪い友達を捕まえて「もっと勉強しなよ、もし良ければこの参考書売ってあげるけど」。ここで言う参考書というのは排気ガスの少ない日本製の自動車のこと。あぁやな感じ。

 努力を促す最も最適な方法は、自らが努力することだと思う。努力する姿勢とその結果を他人が認めることで、自発的に努力を喚起させる。だからこそ排出量の少ない日本だってあれやこれやと対策を考えているのでは無いか*2。勿論京都議定書の議長国であるというメンツもあるんだろうけど。「全くの無駄。現実的でない」と切り捨てる武田教授の代替案の方が、さらに現実的でない気がする。

 それと…昨日の武田教授の話はどうも信用ならない。「●●になってるんですよ」という主張の根拠が示されていないからなのだが…本を読めば分かるんだろうか。

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)

*1:もちろんそれだけじゃ無いんだろうけど

*2:考えてるだけで実行出来ていない感がある