鋼鉄紅女

 

 SFを読んだ。ミステリーもいいけどSFも発想を豊かにしてくれるエネルギーだ。いや、物語はなんでもそうなんですけど。考えてみれば感情を豊かにする体験におれたちは時間をかけ、金を払っている。ガチャやスパチャに金を払う行為を笑う奴がいるが、やはりそれは感情が動く事への対価である。「何も残らない」としても、おれたちが時間や金をかけるコンテンツ、アクティビティには枚挙に暇が無い。ディズニーランドで仲間とキラキラした思い出を作るのも、SSRをぶち当てて高揚感を得るのも同じ行為だ。ドーナツとマグカップが同じである事くらい自明である。そんな事をサウナの中で思いついた。そしてサウナとガチャも同相なのだ。

 それはそれとして本作は中華を舞台にしたSFロボットものだ。三体をはじめとして、中華系SFというのが流行っているらしい。それを判断するのは、いつも観ている書評ブログに取り上げられる事が多いからだ。サンプル1。しかし実際インターネットで調べて見ると、中国初の、もしくは中国を舞台としたSFというのが盛り上がっているようだ。まあそれすら個人的なバブルの中の都合の良い情報かもしれない。「インターネットで見た」はいつしか信用ならない情報である事と同義になってしまった。そんな事はどうでもいい。やはり中国という要素が強いパワーを発揮しているのは、現実の国力によるものであろうと思う。エンタメの強さは無関係ではないはずだ。個人の感想です。

 本作の主人公である武則天は、その歴史上の存在通り女性である。纒足を施されている古い風習の中で生きてきた女性だ。古い価値観、男尊女卑が社会に根強くあり、「女性は男性に奉仕する存在」という考え方が繰り返し提示される。この現代にこの価値観を物語の中で提示するというのは、明らかに創作上の仕掛けであるのは間違いないこと。武則天は、この社会や仕組みに対して反抗する存在として活躍することになる。古い慣習を打破して運命を変えていく、また苦しめられた過去をもつ人間がそれらに対して反逆していくのは物語のお約束。社会から悪女として嫌われつつも、能力の高さで敵を倒し、アンチヒーローとしてむしろ認められていくのはカタルシスがあって気持ちよい。

 ところで登場人物の名前に偉人の名前借りるシステムは大変素晴らしい。物語を読む際に名前が覚えやすいかどうかは、内容の理解に大きく関わる事だ。似たような名前が多いと紛らわしいし、凡庸な名前だらけでも判別がつかなくなる。キャラ付け問題。創作だと意図的に違う性格とか年齢とかの登場人物を用意する。現実的でないといえばそうなのだが、俺たちは非現実を楽しんでいるんだ。明快なキャラ付けにより、物語の理解を助けてくれよ。髪色と髪型を変えりゃ顔のパーツは共通でも最悪何とかなる。それがオタクのリテラシーってもんだ。小説では使えないけどね。

 話が逸れた。とにかく有名な歴史上の偉人の名を使うのはめちゃくちゃ覚えやすくていい。中国が舞台になると、知ってる漢字なのに読み方がわからなくなる事が多い。初出でルビが振ってあることが多いけど、読み方を忘れる。何度も振り返って確認するか、勝手に読み方を決めて無理矢理先へ行くか、読みはぼんやりさせたまま字面の印象だけで強引に認識するか。ロシア文学を始めとしてカタカナ表記の名前も苦戦するところだ。そこへ来てこの作品の明快さよ。「武則天」「諸葛亮」「司馬懿」「朱元璋」この辺の名前はお馴染みであろう。このシステムを他の作品にも導入してほしい。

 最終章がなんかページ数少なくてしかもあっさり進むなと思ったら当然最後の最後にひっくり返す展開があった。2024年に次が出るらしい。日本語に翻訳されていつ読めるかしら。武則天の姉の仇討ちのために楊広を狙ったはずなんだけど、なんか拍子抜けするほど良いやつで…って言う話、結局どういう解決になったんだっけ…。

パイロットが精神ではなく手をかけて殺したと聞かされている。具体的な状況は不明。帰ってきたのは遺灰だけ。あれから八十一日、家族は打ちひしがれたままだ。理由は……戦死あつかいではないため、あてにしていた高額の戦死保証金が入ってこないから

これが姉の死因ついての説明で、

ようやくみつけた。女子の髪をつかんで顔を壁に叩きつけている記憶。これが証拠だ。

楊広とのつながりは上記の一文だけのような気がする。暴力を振るわれている女子が姉であるというわけでもないので、このような暴力性が隠されているということしか言ってない気がする。姉に関しては何かさらに回収があるのだろうか。